森 敦(もり あつし)

<作家紹介>

 1912年(明治45年)熊本県生まれです。旧制第一高校(現在の東大)中退、当時文壇の大御所であった菊池寛にその文才をみとめられ、横光利一を紹介されて、東京日々新聞(現在の毎日新聞)に作品を連載をはじめましたが、思うように書けなくなって、途中で連載をやめてしまいました。
 それから三十年あまり、奈良、秋田、山形、新潟、三重などの各地を流浪しながら文学の修行をし、やがて東京へでてきて府中に住み、JR飯田橋近くの印刷会社に勤めましたが、一年ほどして調布の多摩川原橋から北へ下ったアパートに住むようになりました。その後、夫人が重い病気で入院してしまいます。
 通勤や入院している夫人の見舞いのため、交通に便利な市内布田駅から歩いて5分ほどのアパートに移り住みました。そこに5年ほど住んでいました。
 この5年間に、1973年(昭和49年)「月山」という小説を書き芥川賞を受賞し、その人柄や話術が世人にうけいれられて、雑誌やテレビなどで大活躍しました。やがて都内新宿区に転居し、1989年(平成元年)亡くなりました。(久米)

<作品紹介>

『月山』

 1972年(昭和48年)「季刊芸術」に発表され、第七十回芥川賞を受賞した作品です。
 月山は山形県の朝日連峰のひとつの山の名で、昔から信仰の対象として、また仏法修行の場として、この山を目指す旅人が絶えたことはありません。
 この小説は、著者がこの山中にある注連寺にひと冬を過ごした体験をもとにして書かれたものです。注連寺周辺の小さな部落の人々との触れ合いや、山峡の日々に変わる風景を、作者の心をとおして重厚な筆使いで、巧みに描きだされています。
 特に事件があるわけでもなく、劇的な変化もないのですが、読んでいると、しっかりした土台の上に建てられた旧家の座敷に座っているような居心地のよさがあります。作者が三十年の流浪の末に、満を持して書き上げた作品として、風格のある名作です。(久米)

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